「まがつひ」GAUDETE(推進本部だより)2015年08月号(本紙第14号)(2015年08月28日掲載)

カテゴリー(記事区分): 教区取組 / 部門 / 推進本部事務局

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最終更新日:2015年8月29日

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「まがつひ」

広島教区「平和年」(2014年8月6日~2015年8月6日)の7月6日「平和の日」ピース・ウオークは、「アート巡礼・園鍔勝三」でした。

園鍔さんは、世界平和記念聖堂正面欄干彫刻(七つの秘跡)の共同制作者です。

広島平和記念公園内の園鍔さんの彫刻を巡って祈り、そして学びました。

その一つは、平和の像「若葉」でした。ひとりの少女が、彼女を見上げている仔鹿を連れて歩いているブロンズ像です。

Photo by H.Takeuchi
Photo by H.Takeuchi

この像の台座に、日本最初のノーベル賞(物理学賞)受賞者であり、歌人でもあった湯川秀樹博士の短歌が刻まれています。

まがつひよ
ふたたびここに
くるなかれ
平和をいのる
ひとのみぞ ここは

「まがつひ【禍霊】」「まがつひ」は災害・凶事を起こす霊力の意。「まがつひのかみ」の略(広辞苑 第五版・岩波書店)

「まがつひ」は、ここでは広島に投下された原子爆弾のことを言っています。

原子核研究の第一人者であった湯川博士が、晩年、反戦と核兵器廃絶を訴え続けたことを決して忘れてはならないと肝に銘じています。

学者がただ象牙の塔に閉じこもるだけではなく、世界の動きにしっかりと目を向け、積極的に発言し、人類と世界の幸福と平和のために行動していく義務があることを、湯川博士が身をもって示したことを学ばなければなりません。

長生炭鉱跡(山口県宇部市)

概要

時代:太平洋戦争
場所:山口県宇部市西岐波
最寄りの教会:宇部教会

長生炭鉱は山口県の宇部炭鉱地区でも東端に位置している床波の海岸にありました。炭鉱としては、歴史が浅く、大正3年(1914年)に開坑されました。海岸沿いから海底に向けて採掘されていくが、比較的浅いところに石炭層があったため、海水圧の影響を受けやすく、漏水や落盤が起こりやすい炭鉱でありました。

そして、とうとう昭和17年(1942年)に大規模な落盤、水没事故が発生し、183名の(一説では200名以上とも言われています)尊い命が犠牲になりました。

犠牲者のうち、大多数を占める140名近くが朝鮮人労働者だったと言われています。

しかも、遺体はひとりとして引き上げることができず長生炭鉱は閉坑され、70年以上経った今でも、海底の地下坑道に閉じ込められたままです。強制連行されてきた方も多かったのではないでしょうか?

事故があった2月3日は現地で慰霊祭が毎年行われているとのことです。戦時中は、このような犠牲もあったことを心に留め、戦争は二度としないよう平和の尊さを忘れないようにしましょう。

(文:今井恵二郎)

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