「開かれた教会のしるし」GAUDETE 2019年03月号(本紙第48号)

カテゴリー(記事区分): 教区取組 / 部門 / 推進本部事務局

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最終更新日:2019年6月23日

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開かれた教会のしるし

2月24日、山口島根地区での恒例の平和アピールは、防府教会において、「開かれた教会へ〜対日外国人の隣人となる」というテーマで、これから最重要課題の一つとなる滞日外国人の人々を迎え、どう支え、共に生きていくかということについてゲストの話を聞き話し合いました。小教区のニーズに応えたテーマであったため、普段よりも多く100名近くの方々が集いました。大阪教区の社会活動センター・シナピスからビスカルド篤子さん、北九州の外国人技能実習生権利ネットワークから岩本光弘さんをお呼びする豪華二本立てです。

ビスカルドさんは、あらゆる手を尽くそうとしても現実は難しく、関わった外国人のすべての人を助けきることができず、空港のゲートまで見届けることしかできないこともあるという現実もわかちあわれました。お兄様であられる松浦悟郎司教様の言葉を引用しながら、成功よりも不成功の方が多い、それでも関わった人から「あなたに会えてよかった」と言葉をかけてもらったときの喜び、私たちが滞日外国人の人々に対してそのような存在になっていくことの大切さを、笑いの渦の最後には涙まじりに話してくれました。

岩本さんは、ご自身の関わるネットワークによって、技能実習生を搾取の状況から救い出した例を挙げながら、自分は日本語しか話せないとしても、出向いていって、誠意を持って「大丈夫かい、困ったことはないかい?」と「優しい言葉」で話しかければ、必ず伝わるということを教えてくれました。

私が所属する下関協働体からも10名を越える仲間たちが参加しました。一人一人が個々に何かをしようとしても限界がある。踏み出すことへの不安もある。しかし、共に何ができるのかを考えて、共同体として取り組んでいくならば、きっと何かができるだろう。二人の話に励まされながら、私たちも近場の仲間たちと肩を組みながら滞日外国人たちを抱擁していくように出向いていくように奮い立たされる時間でした。

広島教区が開かれた教会のしるしとなっていきますように。

(平和の使徒推進本部アドバイザー 中井淳神父)

福音の喜び方

喜ぶことはまさに神の恵みそのもの、我が身を奮い立たせて自分に強制できることではなく、ましてや人にあれこれ指図して喜こぶように仕向けることではない。プロの芸人たちも新奇なアイデアを競うようにして、お客さんを何とか「笑わせ」ようと四苦八苦するばかり。しかしフランシスコ教皇は2013年に全世界のキリスト者に呼びかけ、イエスの福音からあふれ出る喜びを生きるように勧め励ましている。私たちキリスト者はもっばら、真面目で敬虔で善良な人柄であると認められ、自分なりにそうなるよう日々励んでいるかもしれない。しかし私たちは、現代世界にインパクトを与え続けている存在なのかと問うと、残念ながら答えはかなり怪しくなる。むしろ骨董品のような過去の遺物と文化にすがりついたり、あるいは伝統的な式典や祭儀の繰り返しに満足したりと、現実世界ではパワーに乏しく頼りないキライがある。だから若い世代の要求や必要には没交渉・無関心のまま、年齢よりも老成して古き良き時代の郷愁や追憶にふけって、おみこしが上がらない。

教皇フランシスコは登位の初めから倦むことも疲れることもなく、大胆にイエスによる福音の意味を教え導いている。日本の状況を見ると、自分も含めて最近の私たちの顔つきは少し険しくなったのではないか。ケンのある顔つき、いかにも憂うつな表情、攻撃的な物腰、無愛想な応対などなど、すっかり人間嫌いや人間への不信感が内外に溢れている。おそらく恐ろしい犯罪の増加や、オレオレ詐欺の横行などもその原因なのかもしれない。とにかくなかなか腰を上げようとしない私たちキリスト者に向かって教皇は呼びかける、勇気を出して敢えて外に出向きなさいと。私たちがしぶしぶ新たな関わりを求めて出かけていく相手は、およそ喜びとは縁の薄い人々かもしれない。神に依るという派遣・イエスの福音が求める奉仕に、いったい誰が応えることができるのだろう。恵みとして神が与えてくださる福音の喜びを自ら生き、また証しするために私たちは何を為すべきなのか。内向きの姿勢から、どのように転換すればよいのか。

失敗を恐れす、まず信頼の念をもって出かける事、人ごみを厭わす無駄骨折りを恐れす、人と人との関わり・煩いの中に勇ましく先ずび込むことが求められる。それも聖人や義人として、人々の模範になるためではない。とくとくと教義を説き聞かせることではない。むしろ自らの弱さと愚かしさ、また無知と罪深さを深く認めながら、敢えて波風を厭わない蛮勇がここに求められる。人と人との生身の関わりを通じてこそ、大きなイエスが秘かに行われている救いの業に気づき、また小さなイエスたちが無意識のままに、十字架の孤独と苦難に深く結ばれ贖いの業に固く結ばれている事実を有り難く認めることになろう。自分のなかに年期をかけて積み蓄えた殻や垢やツミトガは告解室の孤独によってよりも、生身の他人との出会いや関わりや衝突を通して癒され越えていけるのではあるまいか。

(三篠教会 中村健三神父)

ボランティアアンケートについて

皆様のご協力により、現在25の小教区から回答をいただいて、データをまとめております。

病人訪問、日本語教室、コーラスグループ、障がい者支援、子ども食堂、被災地支援などなど様々なグループの報告が届いています。

発表までには余裕がありますので、まだご回答を受け付けております。用紙が必要な方は平和の使徒推進本部までご連絡ください。

聖書書き写し、頑張ってます~東広島教会

東広島では20人弱で、新約聖書の書き写しにチャレンジしています。一人が原稿用紙12枚分を担当し、昨年11月から1年間の期限を設けてゆっくりとりくんでいます。すでに7,8人は分担を終えています。おかげさまで聖書に向き合う時間をいただいています。

新約聖書書き写し用の原稿用紙、1セット250枚を準備しております。ご希望の方はご連絡ください。

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