連載⑦「今、殉教を生きるとは?」

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では、今回列福される広島の五人の殉教者を見てみましょう。

(1)お上に仕える武将 メルキオール熊谷豊前守元直

元直は名高い熊谷直実の子孫で、毛利輝元の最有力家臣の一人でした。1586年、豊臣秀吉の九州征伐の時、キリシタン黒田孝高(よしたか)の勧めで翌1587年洗礼を受けたものの、その後の小田原戦役、二度にわたる朝鮮遠征など戦いに明け暮れる生活の中で、信仰は次第に弱まっていきました。

1595年、淀川の普請工事のため大阪に出向いていた元直は、熱心な二人のキリシタン武士、中でも岡山城宇喜多家重臣明石掃部(かもん)によって導かれ、大阪・京都の教会のなかで、再び神と出会いました。第二の回心です。

関ヶ原後、山口に移された毛利輝元はキリシタン弾圧を始め、1602年、宣教師を山口から追放し信者たちを改宗させるよう命じました。輝元はダミアンと熊谷の指導者がいるかぎり、自らの目的を果たせないことを知り、口実をもうけて2人の処刑を決めました。輝元とともに山口へ移った元直は司祭不在の山口の教会に対する自らの責任を感じ、窮地に立つ信者たちの保護者となり、彼自身は自分の領地に小さな教会を建て、主君毛利輝元にあい対し公然と信者として行動しました。

熊谷元直は、萩城建設に関って人夫による砂利窃盗事件を口実にされ、1605年8月16日の夜明けごろ萩の屋敷で一族11人と共に処刑されます。

切腹を拒んだ元直は、ロザリオと縄を持って時を待ちました。「イエスの受難をよく黙想する人だった」と、殉教の記録には残されています。享年50才でした。

次回に続く・・・

備考



 

   
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掲載日2013年3月15日
更新日2017年2月1日
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推進・区分広島教区年間テーマ関係
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