「新年度に向けて」 GAUDETE 2019年01月号(本紙第46号)

カテゴリー(記事区分): 教区取組 / 部門 / 推進本部事務局

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最終更新日:2019年2月23日

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新年度に向けて

主の降誕と新年の喜びを申し上げます。

昨年は大変お世話になりました。2018年は、いろいろなことを経験しました。中でも、インファンタ訪問のでは、行きも帰りも予定していた飛行機が飛ばなかったことは今までにないことでした。また、ローマ、ファチマの巡礼では、ファチマで巡礼団とはぐれて皆さんに多大な心配をかけてしまったことは赤面の至りです。改めて、同行された皆さんにお詫びと感謝を申し上げます。取り分けほとんど一晩中捜しまわられた方々に、本当に済みませんでした。そして有難うございました。

さて、今年は教会へのチャレンジ三年目で、サブテーマは「仕える使命」となっています。

教皇フランシスコは「福音の喜び」の中で出向いて行く教会を強調されています。この一年私たちも出向いて行き人々に仕える教会になるために祈り励みましょう。この一年の歩みに神様の豊かな祝福がありますように!

幼稚園の難民支援の取り組み

初めに私が難民問題に関心を持ったきっかけからご説明します。2015年9月トルコの海岸で3歳のアイランくんが打ち上げられた写真を記憶されているでしょうか? シリアの内戦から逃れようとギリシャに逃げようとした家族4人は、お父さんを残して亡くなってしまいました。その写真は、シリア難民の深刻さを世界に訴えました。私は、東日本大震災の支援活動は一生懸命してきましたが、難民問題に疎かったことに気づかされました。そして「ドイツはなぜシリア難民を受け入れるのか?」というシンポジウムに参加しました。すると、今は日本で教鞭を取られている方がこう言われました。

1965年ハンガリー動乱のクリスマスのころ。10歳の私はハンガリーを離れることになりました。自分は難民になる。家もなくなる、国もなくなる・・・これからどうなるの? 不安でいっぱいだったとき、ドイツに向かう列車の中で同じ年くらいのドイツの子が箱をくれました。きっと違う言葉を話す私たちに何かを感じたのでしょう。中にケーキが入っていました。おそらく自分が食べるつもりだったケーキを譲ってくれました。これから難民になる不安や心配・・・・でもいいこともある、ケーキはそう思わせてくれました。以来、苦しくなったときケーキのことを思い出して頑張れました。50年経っても忘れられません。今でも思い出すと涙が出てきます。

この話を聞いて「子どもたちにもできることがある」と感じました。2015年、山口天使幼稚園で難民支援のクリスマス募金が行われました。子どもたちは祈りと募金を熱心に捧げてくれました。「こまっているおともだちが あぶないくにから あぶなくないくにに もどれますように」・・・祈りと募金は、難民支援協会を通じて日本に避難されている難民のために使われました。

園児さんの募金を委ねた難民支援協会から、2016年にはこのような報告をいただきました。

年が明けてすぐに、アフリカのある国から園児さんと同じくらいの2人のお子さんを連れたお父さんが支援協会を訪れました。協会が確保している19の一時宿泊施設は他の難民の方で満室でした。でも、子どもたちをそのまま追いかえせません。普段なら「マクドナルドの100円のコーヒーを頼んでお店で一晩しのいでください。あるいは教会の軒下でしのいでください」と言っていますが、小さなお子さん2人が寒空の下で過ごすのはあまりにも酷なため、園児さんからの募金で急遽ホテルを手配しました。お父さんは子どもたちを守るためにも必死です。子どもたちはその様子を察してか、とてもお利口で、泣くこともわがままを言うこともなく、お父さんの横にぴったりついて、相談が終わるのを静かに待っています。園児さんのご支援のもと、この家族をはじめ、できる限り寄り添って支えていきます。

2015年から難民支援を目的にクリスマスの募金をしています。今年は小さき花幼稚園・周南小さき花幼稚園・光天使幼稚園の3つの園で募金活動が展開されています。保護者には映画『海は燃えている』(内容は次ページを参照ください)の一部を紹介し、いまも命をかけて逃げている難民の大変さをお伝えしました。先生たちは工夫を凝らして難民の生活と日本の生活の違いを説明する資料を作りました。また、園長の私は、募金がどのように困っているお友だちに使われるか説明しています。『世界の難民の子どもたち』の絵本(ゆまに書房 難民を助ける会監修①〜⑤のシリーズ)を使って、国を逃れる時の大変さ、恐怖心、家族と離れ離れになる寂しさ、新しい環境に適合する難しさ、などを子どもたちに想像してもらっています。聖劇をする年長さんには映画『マリア』(2006年)から、イエス様の誕生の背景を考えてもらいました。税金の取立てのために200キロを移動させられた道中の過酷さ、誕生したイエス様の命を付け狙うヘロデ王の残虐さを心に留めてもらいました。難民への関心が深まり「自分も何かしたい」という願いが湧いてきます。ある男の子はこう言いながら募金していました。「ぼくはびょういんのベットでうまれたけど、イエスさまはうまごやのまぐさおけだったんだね。ぼくはなんみんのイエスさまにぼきんしているんだね」 子どもたちはそれぞれに好きなお菓子やおもちゃを我慢し、その分を献金したり、お手伝いのご褒美を献金にしてイエス様にお捧げします。

「私に何ができるのか?」と考えるきっかけを与えていくことは、子どもたちにとってとても大きな意味があります。困っている人に思いを寄せる、自分から考えて行動する。そんな子どもたちに成長することを願っています。

映画『海は燃えている』の紹介
2016年 第89回 アカデミー賞“長編ドキュメンタリー賞 本編114分+特典映像10分
第66回ベルリン国際映画祭金熊賞<グランプリ> カトリック中央協議会 広報推薦

ランペドゥーサ島は面積20平方キロ、海岸線は南70マイル、北120マイル。人口5千人の島に、この20年間で約40万人の移民が島に上陸した。最近では年間約5万5千人、1日平均150人にもなる。アフリカや中東から命がけで地中海を渡り、ヨーロッパを目指す難民・移民の玄関になっている。シチリア海峡で溺死した移民の数は約1万5千人と推定される。島には巨大な無線施設が建ち、港には数多くの救助艇が停泊している。ひとたび難民たちが乗った船から救難の連絡が入ると、無線が飛び交い、ヘリコプターが飛び立つ。夜の海を照らすサーチライトが難民たちを探す。ローマ法王のフランシスコ教皇も、就任後初めての海外司牧行事で2013年7月8日にこの島を訪れています。

バルトロ医師(この島でただ一人の医師)の話

この船には840人乗っていた。(難民ですし詰めのボートを指差しながら)ここが一等の乗客なんだ。外(外の空気が吸えるからね)にいられるからね。値段は1500ドル。この中段にいるのが2等船室、値段は1000ドル。下の舟倉にはとにかく大勢いるはずだ。値段は800ドルで3等客室だ。船から降りろというと次々に降りてくる。終わりがない。何百人の女と子供が・・・ひどい状況だった。特に船倉の人たちがね。船に乗ってから7日間、水も飲めず、ろくな食べ物もなく、疲れ切っていた。わたしは68人を緊急治療室に運ばせた。(写真を見せながら)この少年は、全身やけどで、年はせいぜい14歳くらいだ。こんな子が大勢いた。燃料による化学的な火傷を負っていた。壊れかけたゴムボートに乗せられて、航海の間中、ポリ容器に燃料を入れさせられた。その燃料が漏れて、海水と混じり合い服に染み込む。それが体には有害で重度の火傷を起こす。治療も実に大変なんだ。気の毒だが痕も残る。命を奪うこともある。こうした人々を救うのは全ての人の務めだ。救えたときは満足感もある、嬉しい。手助けできた喜びだ。残念だが、救えない時もある。目の前にはひどい光景、死体の山、子供達・・ 一番嫌な仕事が待っている、死体検分という仕事がね。大勢見てきたよ、多すぎるほど。同僚たちには言われるんだ。「それだけ見たら見慣れただろう」と。とんでもない。見慣れることなど決してないね。死んだ子供、妊婦・・・沈みかけた船で出産した母親は、へその緒がまだつながっていた。彼らを袋に入れ、棺に納めサンプルを採取し、指や肋骨を切除する。子供の耳を切ることもある。つまり、死後も彼らは冒涜を受けることになる。これも務めと思ってやっているがね。そのうちに怒りがたまり、腹の中が空っぽになる。穴があくんだ。あれこれ考え、夢にみる、何度も悪夢となって蘇る。何度も、何度もね。

バルトロ医師の「こうした人々を救うのは全ての人の務めだ。」のコメントは、フランシスコ教皇の思いと同じだと思います。私たちも、この思いを強く持ちましょう。

(引用https://www.christiantoday.co.jp/articles/11919/20130717/news.htm

(本文と写真提供:徳山教会 柴田潔神父)

「出向いて行く」教会は、宣教する弟子たちの共同体です。彼らは、率先する人、かかわり合う人、寄り添う人、実りをもたらす人で、それを教皇は「プリメレアル」と呼んでいます。この共同体は天の御父の無限のいつくしみとそれが彼らに及んだことを体験しており、その受けたいつくしみを他の人々にも示したいという望みにみちています。「福音の喜び」24の中で、教皇は、私たちに、思い切ってもう少し「プリメレアル」になって、教会が「かかわる者」となるよう励ましています。

この記事において、神父さんのよびかけに応えた園児たちは、目の前にはいないかもしれないけれど、この地上にいる難民のこどもたちとかかわり始めたと言えます。いつくしみを示すということがどういうことかを体験した彼らは、これから「プリメレアル」になっていくような気がします。

戦争と平和モニュメント写真と訪問記の募集

広島教区内にある戦争(明治以降)や平和に関するモニュメントを撮影した写真とそのモニュメントへの訪問記(碑の説明や調査文を含む)を引き続き募集中です。詳しい募集要項は

戦争と平和モニュメント写真と訪問記の募集について(2015年02月25日掲載)

を参照ください。

応募先は平和の使途推進本部まで
電子メール可:1メール5MB以内。
pcaph@hiroshima.catholic.jp

なお、応募された写真と訪問記は、教区創立100周年事業の一環として「記念碑探訪記」など編集発行を検討していく予定です。

主な教会暦(主日を除く)

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