「完全なもの」 GAUDETE 2017年07月号(本紙第37号)

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完全なもの

先日の教区司祭の黙想のとき、一回目のミサの福音でマタイの5章が読まれました。その最後の1節は「あなた方の天の父が完全であられるように、あなた方も完全なものとなりなさい。」でした。お話してくださった司教様は、教皇ベネディクト16世の回勅を用いて説明して下さったのですが、その時よく解らなかったので帰ってから捜してみました。

回勅「神は愛」(19 日本語版42ページ)で「父は人類を御子の内に一つの家族とすることを望んでいるからです。教会のすべての活動は、人間の完全な善を求める愛を表します。教会は、みことばと秘跡を通じて福音をのべ伝えることを目指します。福音は、歴史の中でしばしば英雄的な仕方でのべ伝えられました。教会はまた、さまざまな生活と活動の領域で人間が発展することを目指しています。それゆえ、愛とは、物質的なことがらも含めた、人間の苦しみと必要に絶えずこたえるために教会が行う奉仕を意味します。」

また次のように言われています。(同29 58ページ)「信徒は国家の市民として、個人の能力に応じて公共生活に参加するよう求められています。ですから信徒は、『組織的にまた制度的に共通善を促進することを目的としている経済、社会、法律、行政、文化上の多様な分野』への参加を放棄することはできません。それゆえ信徒の使命は、社会生活の正当な自律性を尊重し、それぞれの能力に応じて他の市民と協力し、自らの責任を果たすことを通じて、社会生活を正しいしかたで形づくることです。教会による愛のわざの特定の表現を国家の活動と混同することはできないにせよ、信徒の生活全体を―したがって『社会愛』として行われる信徒の政治活動を動かす力とならなければならないのが愛であることは変わりありません。」

愛はすべての分野において基準となります。個人的なかかわりだけでなく、社会的、経済的、政治的なところでも。完全なものとなるとは、すべてのものに愛を注がれる父に倣う、どの分野でもということでしょう。

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